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昔の話

23日、朝9時出発。
クラウンに注意しながら、予定ピッタリ12時半に函館到着( ̄ー ̄)v

妹と姪と会う約束の13時までに、行っておきたい場所があった。
途中の道が混むので、ほかの経路を探すため、スマホのナビを起動。

どれどれ・・・

ナビに言われた通りに進んでいたところ、これはどう考えても違うだろうという場所で、曲がるように言われ、助言を無視して突破したら迷子になった。言うとおりにしていれば近道だった。

やっと、それらしき場所に差し掛かる。

あれ・・・

あーーーー

無い(/-\)

あたしの通っていた高校が無い。
知っていたくせに、何もない地面を見てガッカリ。

数年前に廃校になり、取り壊されることが決定。昨年は、その校舎に卒業生が大集合。最後の学校祭に参加させていただいた。卒業後、二度と入ることはないと思っていた校舎に再び入ることができ、長年ひっかかっていたことから解放されたような気がした。

大昔、自分の卒業式で。
ユーミンの曲「卒業写真」が流れる中、卒業証書を手にして体育館を退場。
友だちはみんな泣いていたけれど、あたしは1滴も泣かずに通した。で、二度と校舎に入らない覚悟をして門を出た。泣いているどころではなかった。

諸事情から、18歳になったら独りでやっていこうと決めていたので、高校卒業後はどこかへ就職しようと考えていたところ、3年生の1学期、働きながら通える看護学校が札幌にあることを知って、そこへ行くことにした。働ける上、看護師の資格も得れば、たぶん食いっぱぐれることは無い。独りで生活するには、もうそれ以外には思いつかない。で、進路指導の先生に「看護学校へ行きます」とだけ宣言。

友だちには志望校を言わないでおいた。同級生の中に、看護師になりたいという子が何人もいたけれど、その子たちが目指していたのは働かないで通う学校だったので、自分の話をしても仕方がないと思って、黙っていた。言うのがめんどくさかった。

ある日、「1日看護婦さん体験」みたいな、職業体験のイベントの誘いがあったけど、即決で断った。看護師の実際の仕事なんて見たら、なりたくなくなりそうな予感がして、そうなったら困るから、見ないほうが良い、という理由。すごいな。看護学校志望で行かなかったのは、あたし1人だけ。で、なんで行かないのー?という友だちを、笑ってやり過ごした。

やがて進路指導で志望校を聞かれる時期。先生に、働きながら通う学校を受験しますと言ったところ、そんな学校は認めない、この高校からその進路に送り出したことは無い、ひとりも居ない、と怒られた。

「じゃどうしたらいいのー?」
「ダメだと言ったらダメだ」
「そこしか行けないもん」
「ダメだ、そこへ行ったら、北高の卒業生として認めない!」
「石頭ヽ(`Д´)ノ 」

みたいな言い合いが、確かあったと思う(笑)
で、あたしはここの卒業生としては認められないんだー、もう二度と来れないんだー、じゃあもういいよ、ということで、職員室には近寄らなくなった。

結局、その進路に進むしかなく、二度と学校には来ない覚悟をして、門を出たのだった。まるで家出のような心境だったけど、2週間後には札幌で新生活が始まる予定だったので、さびしいような、ワクワクするような、本当に複雑な3月15日だった。

今思えば、その働きながら行く学校をいうのは、恐ろしく遠回りで、しかも大変で、それを知っていた先生は、あたしの事がかわいかったから、止めさせたかっただけ。でも色々な事情も知っているから、ただダメだと言うしかなくて。「卒業生と認めない」とでも言えば、あたしのことだから、何とかするかもしれないと思って、苦し紛れに言っただけ、たぶんそうだろう。でも17歳のアタマでは、そんな先生の親心を理解できるはずもなく、ヤケクソで「もう二度と来ません」と言うしかなかった。とにかく必死だった。

いまだに思考回路がまったく変わっていない自分に唖然。

でもあのとき、自分で決めた道に進んで良かった。どんなに大変でも、自分で決めたことだから、黙って頑張れた。「食いっぱぐれないから」などという不純な動機で選んだ職業だから、こんなに一生懸命やっている自分は想像できなかったけれど、この道に進んで本当に良かったし、遠回りも損ではなかったと思っている。そして今は、もう少し先に進んでみたいと思って準備していたりして。17歳のあたしが見たら、ぶったまげるだろうな(笑)

ためしに反対側からも見てみる。

無い。


去年、校舎に入れていなかったら、どんなに心残りだったかと思う。
さようなら。
ありがとう。


妹に連絡したところ、「ほんとうに墓参りに行くの?」などと言う。何のために来たと思っているのあなた達と食事をしに来たのではない、と言いつつ14時、3人で秘密のパスタ屋さんに行って、昼食を食べて、墓参りに連れていってもらった。

うちの墓は、この観光名所の中、なわけない。

こちらの名所のすぐそばの、いつでも海が見える場所にある。
良かったね。


帰りに有名洋菓子店へ寄ってケーキを3個買って、17時には寿司屋から出前を取って夕飯をセッティングされた。昼食と夕食の間が3時間しか空いていないにも関わらず、3人とも負けず嫌いだから、もう食べられないなんて誰も言わないで完食。そんな中、看護師になると話す姪は16歳。最強で最短の道を伝えておいた。

とどめに、これを買って…

千歳でも売ってください

帰りは18時に出発して日帰りに成功。疲れているヒマは無い。
で、無事故、は当たり前。無違反で帰宅。


長いな。
夜勤明けで眠くて、神経が誤魔化されているので、あれこれ昔の記憶ばかりがよみがえる。

寝る。
おやすみなさい(笑)
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お祭り当日…


前の記事(夏の…)の続き。


最後の文化祭、当日。

学校に近づく。
人が来ているかどうか心配。
閑散としていたらどうしよう…

あ♪♪
201208251
車がいっぱい。


校舎の中は、卒業生とその家族でビッシリ。
体育館も廊下も、まっすぐ歩けない。
201208256
5年間、使っていなかった建物とは思えない。
校舎もビックリしているだろう。


開会式。
吹奏楽部OB・OGの伴奏で校歌の合唱。
201208257
涙腺がヤバイ(笑)


学校の中を、全部、見て歩く。


自転車置き場。
夏場は自転車通学だったので、まずここに来る。
201208253
いつも遅刻寸前だった。


おはよー
201208252
下駄箱(笑)に手紙が入っていたことは無い。


3年生のときはB組だった。
毎朝、このドアを入ると、みんなすでに着席していたっけ。
201208258
始業の10分前に登校したら「早い」と言われた…


コンビニや学食は無かったので、午前中のうちに、
その日にほしい菓子パンやジュースの名前を
クラス毎に一覧表に記入して提出しておいて、
4時間目が終わると同時に、日直が食料を取りに行っていた。


この階段を1階までダッシュ。
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授業が終わるのが遅かったり、日直の足が遅いと、
列に並ぶのが遅くなるので、食料を受け取るのが遅れる。
そうすると空腹のクラスメイトに怒られるから必死。

ここまで駆け下りる。
中にオバちゃんがいて、日直に食料をくれる。
2012082510
いつ代金を払っていたのか記憶に無いです(笑)

昨日の事のように…
というのはさすがに極端だけど、いろいろと思い出して懐かしい。

一緒に来たGAZIMEさん。
草ボーボーですが部室へまっしぐらの図。
201208254
ちょっと待って(爆)

ドアは施錠されていた。
201208255
破壊方法を模索中…

彼は当初、26日の早朝から用事があるから行かない、と頑なだった。

仕方がないので、行っておかないと60歳くらいになったら絶対に後悔するよとか、
歳をとってから行けば良かったと後悔しても、学校は壊すんだから手遅れだよとか、
わたしは行って楽しんでくるんだから、老後に独りで寂しい思いをするかもね、とか、
いろいろな言葉で脅しているうち、ついに一緒に行くことになった。


教室も、黒板も教壇も、机も。
思っていたよりも小さくて、とても驚いた。
2012082511
身長は伸びていない。
自分のサイズが大きくなって
周りが小さく見えるわけではない。

色んな経験をして、心臓に毛が生えて、神経も図太くなった。
それで、なんでもかんでも心配だった10代の頃よりも、
物が小さく見えるんだろう。
たぶんね。



夏のタイムマシーン
♪夏のタイムマシーン 少女の私に伝えてよ
♪あの日探してた答えは今も出せないけど
♪夏のタイムマシーンだいじょうぶだよと伝えてよ
♪あの日輝いてたその瞳に負けないくらい
♪一生懸命泣いて 一生懸命悩んで
♪一生懸命がんばっているから…


がんばってるけど、泣いてない。
自信満々で「だいじょうぶだよ」と言える。


来れて良かった。
さようなら。
20120827043003572.jpg
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キョロちゃん

いつもの川が流れる町。
幼児のころに住んでいたけど全く記憶に無い。
久しぶりに母に電話をしたついでに
当時のことを聞いてみる。

私「○○にいたのって正確にはいつ?」

母「あんたが生まれてから1歳半まで。」

私「どこらへんに住んでたの?」

母「川の近く。」

いきなり川ときた。
釣りに通っているとは言ってない。

外で遊びほうけているのが母にバレると、色々と心配をかけるので、
釣りや練習に明け暮れていることは、ほとんど伝えていない。

私「川???」

母「そう、川。窓から見えたんだわ、○○川が。」


えーーーーーそれいつもの川だけどっっ(爆)


母「よく散歩にも行ったんだ。川の向こう岸に○が見えて、
あーでこーで…(思い出話し続出中)」

私「いまそこに、しょっちゅう行ってるんだよ。釣りで。」

母「へーそうなんだ。ところで(話題急変)」

私「住所は?」

母「そんなの忘れた。○○っていったかな。川のすぐ近く。それよりさーあんた最近…」

あまり連絡をしない親不孝娘なので、色々と質問攻めに遭う。


電話を切ってから、地図で調べてみる。

いま通っている場所の下流3kmほどの右岸だった。
そこから毎日、あの川を見ていた。

へえ。
知らなかった。

1歳半になるまでの私…。
あの川を見ながら、初めて食べたり、カタコトしゃべったり。
寝返り打って。はいはいして。つかまり立ちして。ヨチヨチ歩いて。
それはそれはもう、楽しくて楽しくて仕方なかっただろう。

だから川へ行くと楽しいんだ。
妙に納得してしまう。

無事に大人になって、大人も通り越して
オバチャンになっちゃったけど、こうして楽しいこといっぱい。

良かったね、キョロちゃん(笑)
201103013
ほっぺの青アザ。
顔から道路に突っ込んだらしい。
いまも相変わらず(爆)
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5番ロッド

夜中に帰宅後、居間のテーブル前に座ったまま入眠。
途中で布団に移動したものの、そのまま昼まで寝てしまった。
早朝に釣りに行く計画だったのに…。

起きてみると、GAZIMEさんから指令が出ている。
そろそろ川へ釣りに行くから、5番ロッドでフライを流す練習をしておけと。
道具が用意してある。

ヘイだんな、了解しました(;^-^)ノ

出かけたのは17時。住宅街の中を流れる千歳川。
立ち込まなくていい場所だから長ぐつでGO。

これ振るの何年ぶりだろう…
201008215201008212

幼少の頃、父親に連れられて、海や山に通っていた私。
海釣り、潮干狩り、虫捕り、ザリガニ捕り、フナ釣り、エビ釣り…
と挙げたらキリが無いけど、色んなところで外遊びをしていた。

大人になってからは、ルアーで友人達にくっついて釣りをしていたのだけど、
「フライをやってみたい」と言った私に、GAZIMEさんがこのロッドと
リールを買ってくれたのだ。すご~~~く嬉しかった♪♪
1996年、函館在住だった頃のこと。

しかし!!
生まれて初めてのフライ、私は全くと言っていいほど釣りにならず、
ぜんっっっぜん面白くなかった。

イクラを餌にして渓流釣り練習をしているうちは、
かわいいイワナやヤマメがそこそこ釣れて楽しかったのだけど、
フライロッドに持ち変えたとたん、振るたびにフライを木に引っ掛けるし。
川原を延々と歩くもんだからすぐにお腹が減るし。
転ぶし。トイレは無いし。釣れないし。

しかも、すぐそばでずーっとGAZIMEさんが私を見ていて、
投げ方や流し方はもちろん、ブラッドノットの回転数にまで、ちくいち指導をする。

そりゃ~できないんだから教えるのは当然。
今の私なら、心配してくれてるんだ(*^-^*)ってニヤニヤしちゃうけど、
当時の私はまだ若かったので、悔しいばかりで素直に聞くことはできなかった。
あまりのダメさと閉塞感に悲しくなり、何度もこっそり泣いていた。

だから雨が降ると嬉しかったし、雪が積もると安心した。
釣りに行かなくて済むからだ。それほど面白くなかったのだ。

ではなぜフライをやめなかったのか…

その理由はただひとつ。
自分が「やってみたい」と言ったから。
言いだしっぺが先に中止を申し出ては、かっこ悪くて仕方ない。
若かった(笑)

いまなら「無理そうだな」と思ったら「できない」って素直に言えるけど、
当時は絶対に言えなかった。

このことは、数年前にGAZIMEさんに話したが、
楽しんでいると思っていたのに、と非常にガッカリしていた。
お爺ちゃん・お婆ちゃんになるまで内緒にしとけば良かった。ごめん(笑)

でもあの時、フライをやめてなくて本当に良かった。
もしやめていたら、キャスティングの楽しさに目覚めることもなく、
無趣味でつまらない人生を送っていたかもしれない。

意地っ張りもたまには役立つ。

2シーズン目、タイイングを始めたり、キャスティングにも慣れてきて、
どうにかちょっとずつ面白くなってくる。
そして3シーズン目、GAZIMEさんの転勤で札幌に転居、
アマノフライショップのキャスティングレッスンに初参加。

そして今に至る(爆)

今日の千歳川、あいかわらず綺麗な流れ。
201008214

この花、なんだろう?1輪だけポツンと咲いていた。
白いきれいなクモが2匹、花を見に来ている。
201008213

この5番ロッド、柔らかめのアクションで振りやすい。
手にした当時は柔らかいかどうかなんて分からなかったし、
まさかこれを持って独りで釣りに行くなんて、夢にも思っていなかった。

試しに左手で振ってみる。意外に大丈夫だ。
利き手じゃないのに、14年前の私よりずっと上手い(笑)

1時間ほどフライを流す。
もちろん釣れない。
ボーズ記録更新!!ふんっヽ(`Д´)ノ
プロフィール↓2010.12.11.
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